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スペインでの録音は、もともとそのような契約であったのか、滞在期間中にLP一枚分に間に合わなかったのか6曲であった。ロス・パンチョスは直接ニューヨークへ飛ぶ。8月末である。ここで彼らはエンパイヤー劇場のレビューに出演するのだが、それにはニューヨークを本拠とするプエルト・リコの人気トリオも出ていた。ジョニイ・アルビ-ノとそのトリオ・サン・フアンである。ヒルとナバーロ、ロス・パンチョス四代目のトップとなるアルビ-ノの初対面だった。
楽団伴奏による残り6曲も録音する。編曲と指揮はアルゼンチン人のテリグ・トゥシである。彼は結成すぐのロス・パンチョスに楽理を教えた人、いわば恩人であって、当時の彼らの吹込にコロンビアのスタジオ・オーケストラ伴奏のが二曲あるが、その編曲と指揮も彼である。
チューチョが温めていた主題は母だけではなかった。この時に録音した｢エス・メヒコ｣とか｢マドレ・エスパーャ｣とかはさておき、重要なモチーフがもうひとつあったのである。それもこの時に実体化した。つまりレコーディングした。ただし楽団伴奏ではなくロス・パンチョス単独で。｢ドゥルセ・ドゥルセ・ドゥルセ｣である。
ドゥルセは“甘い,甘美な”。
se quedó en mi boca
dulce ,dulce, dulce
com miel de panal.
Besé a tus labios rojos
y en caricia sincera
bebí la miel primera
dulce, dulce, dulce
de tu primer amor.
Yo sentí tus besos
con tu primer amor
dulce,dulce, dulce
cual miel de candor．
ボクの唇の中に残ったままだ
とろり、とろり、とろり
蜜板の蜂蜜みたいに。
キミの真紅の唇にくちずけた
真心の愛撫を交わすその内に
ボクは最上級の蜜を味わった、
キミのとびっきりの情愛の
甘いこと、甘いこと、 甘いこと
キミの最高の愛情がこもった
キミのくちずけをボクは感じとった
まじりけのない蜂蜜の
とろーり、とろーり、とろーり。
そのカリダーともうすぐ逢えるのだ。チューチョの心ははずんでいたことだろう。ただ、そのせいかどうか同じことばと表現が多く、ばたばたと書きあげたという感がある。しかしチューチョはよほど気に入っていたのか、ロス・パンチョスはフリートのあとの第二期アビレス時代に57年ブラジルで、更にアルビノ期にも59年ブラジル、61年日本と短期間に都合四回も録音している。
ニューヨークから旅はキューバの首都アバナ（ハバナ）である。キューバはフルヘンシオ・バティスタ大統領の独裁政権下にあり、アバナは世界を代表する歓楽境で、アメリカから航空便にはカジノつきののもあったという。けれども56年といえば、それに対する反抗分子が活動していた頃である。まだ分子活動だったけれども。
アバナの出演の場は超高級メンバーズ・ナイト・クラブ｢モンマルトルだった。が、ロス・パンチョスは出演できなかった。休業していたのである。それも並みの休業ではなかった。彼らが出演する数日前にクラブ内のエレベータでパティスタ側近の将軍ブランコ・リコが分子に射殺される事件が発生し、クラブは官憲によって閉鎖されていたのだ。
ロス・パンチョスに落ち度は一点もない、さりとてクラブ側にも大損失、両者は出演料をめぐってひともめしたのだが、出演しなかったのも事実なら、わざわざアバナまで来たのも事実、結局契約料だけ支払う～受け取るということで話がついた。
わざわざアバナまで来たと言ったが、チューチョにとっては決して
踊りの巡業に？ いや。そうではない。 出産のためである。
CD
CDメヒコ暮らしも長くなった。友人も増えたろう。しかし一番頼りになる人、夫は長い旅に行きぱなし（親の死に目にも会えないさだめの芸能人が我が子の出産に飛んで帰れるはずもない）。カリダーは初産の地を縁者の多いアバナにきめたのだった。遠距離であってもチューチョとカリダーは連絡をとりあっていたはず。カリダーがアバナにいる、チューチョはわくわくする想いでキューバに向かったろう。
けれどもチューチョは… P40
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