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メヒコ暮らしも長くなった。友人も増えたろう。しかし一番頼りになる人、夫は長い旅に行きぱなし（親の死に目にも会えないさだめの芸能人が我が子の出産に飛んで帰れるはずもない）。カリダーは初産の地を縁者の多いアバナにきめたのだった。遠距離であってもチューチョとカリダーは連絡をとりあっていたはず。カリダーがアバナにいる、チューチョはわくわくする想いでキューバに向かったろう。
けれどもチューチョは第一子の誕生には立ちあえなかった。それは10月9日、この日ロス・パンチョスはベネスエラにあった。
その子にはヘスス・ディオニシオ Jesús Díonisio という名がつけられた。父親の名ヘススにディオニシオを加えたわけである。ディオニシオはギリシャ神話のディオニリスに発するれきっとした洗礼名だが、ナバーロ夫妻が由来にまでさかのぼってこの名を選んだかどうか。というのはディオニソスは酒の神様で、ローマ神話のバッカスと同体なのだから。飲ン兵ヘススの子であることを思うとおかしいではないか、もっともディオニソスは演劇や子だくさんの神でもあるが。
いずれにしてもこんな長ったらしい名は呼ぶのに不便である。だから父のヘススの愛称チューチョのチュ、ディオニシオのニ、それにイをつけ加えてチュニイと呼ばれた。ロス・パンチョスの一員として音楽活動をした時もチュニイを名乗っていたが,父なきあと彼なりのロス・パンチョスを組んだ時にはチューチョ・ナバーロ（・イホ）としていた。イホとはジュニアである。
ロス・パンチョスの一員としてと言うのは “三人プラス一人” 編成の
チューチョは考えた。チュニイは俺の子だからメヒカーノとして登記されているけれども、彼は母親（カリダー）はクバーナ、しかも彼はハバナ生まれ、であるならメヒコとクーバはふたつの国籍を持てるのではないか。考えただけでなくチューチョは住民登録の役所に願い出た。もちろんそんなことが許可されるはずもなかった。
チューチョの作品｢シ・ノ・レグレーソ・ア・クーバ（もしも私がキューバへ戻らなかっなら）｣は、そのような “キューバ人チュニイ” の心情に立っての作品なのだそうだ。
porque yo soy de ahí
les pido que si muero
luchando en otro suelo
me devuelvan aquí,
Si no regreso a Cuba
yo les voy a pedir
que siquiera mis cenizas
las dispersen en la brisa
sobre el suelo en que nací,
Si no regreso a cuba, corazón
sabrás que fui muriendo
Sin tu amor,
El recuerdo de mi madre
y la fuerza de mi sangre
te unirár a dolor．
などと言うのは私がそこの出身だからなのだが
皆さんにお願いがある よその土地で
戦い続けて死んでしまった私を
この地に送り帰してもらいたいと。
もしも私がクーバに戻らない その時は
私は皆さんにお願いしよう
私が生まれた床の上に吹く
そよ風の中に私の遺灰を
吹き散らしては下さらぬかと。
もしも私がクーバに戻らなかったら、恋人よ
キミは知るだろう
キミの愛なしにボクが死んでいったことを、
ボクの母の想いでと
ボクの血の力とが
キミにボクの苦しみを結びつけるだろう。
そればかりではない。それが第二期アビレス、アルビーノを通りこしてエンリーケ・カーセレスがトップの70年ごろに出されたらしいアルバム（すぐに廃盤）の巻頭に置かれていたのも解せない。その頃に作られた曲とは思えないのである。
それはさておき、 カリダーはチューチョ、つまりメヒカーノと結婚してもクバーナの国籍でとうしたのではないかと思われる。だからチュニイはふたつの国籍を持てるはずとチューチョが考えるのも妥当というものだ。メヒコ人男性と結婚した外国人女性には、当女性が望めばメヒコ人の国籍があたえられることが憲法第30条B項2に明記されているのだが、面倒がって放っておけばもとの国籍のままだし、とがめられることもない。ただしこれは女性にだけであって、男性には認められない。取得したメヒコ国籍を利して悪事を働く野郎がいるだろうからだそうだ。
ついでに言っておくと、日本では結婚した女性は婿を迎えたのではない限り夫の姓を名乗るが、メヒコではそうではない。もとの姓が残る。カリダーの場合はカリダー・バスケス・デ・ナバーロになるのだ。つまり “ナバーロ家に属するカリダ・バスケス” である。これもまたチュニイはクバーノの籍も持てるのではと考える引き金か。
さて｢シ・ノ・レグレード・ア・クーバ｣に話を戻そう。後半に恋人（コラソン）ということばが現れる。この曲がチュニイの心情に立って書かれたのであれば、彼はもう青年でなくてはならないということになり、70年ごろの吹込、すなわちその頃の作（もしくは以前の作に加筆）もうなずける。キューバに帰りたくとも諸般の事情でままならぬ人の哀歌と見ることも可能だ。けれどもメヒコはキューバと断絶しているわけでなし、民間航空の定期ルートもあってその気になればいつでも戻れるのだから、涙をそそらない。
なおロス・パンチョス自体は不発に終った56年のハバナ行き以降キューバを訪れたことは一度もないのだが、ロス・パンチョスを詐称するグループがいくつかやって来てひんしゅくを買ったりしたそうだ。
Side-1
SI NO REGRESO A CUBA
TE NECESITO
LO MUCHO QUE TE QUIERO
LAS CORRIENTES
UN LOCO DE TANTOS
VILLA ESPAñA
Side-2
INTRMINABLE
TE QUIERO PARA ESO
NO LLORES CORAZON
QUE HIPOCRITA
PARA QUE TE DUELA
60年代である。 ナバーロ家は三人の子持ちになっていた。チュニイに次ぐ次男はフアン・マルティン Juan Martín, 長じてのち彼もチュニイともどもロス・パンチョスに加わった。それは82年末のことで、既にロス・パンチョスを引退していたヒルは大反対だったがチューチョはそれを押し切った。パンチョ五人組である。この編成は結構続き、87年12月には日本にも来ているが、その時ステージではチューチョは．．．
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