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フリートを加えたロス・パンチョスが初めてメヒカーノの前に姿を見せるのは、53年になってからである。初吹込のレコード ― フリート自作の「マル・イ・シエロ」とヒル作の「ジャ・メ・ボイ」米国でのナンバー（EPシングル）4.39916．― はじめ音は既にメヒコにとどいていたから、アビレス期と同じように音だけで実体のないロス・パンチョスにメヒカーノはじれていたはずである。
ここで48，9年ごろとまったく同じことが起きる。映画出演である。メヒコに帰って来たといっても出演場所は限られている。テレビの発達していなかった時代、一般大衆の最大の娯楽は映画だったのである。53年のうちにロス・パンチョスは五本の作品に登場するがそのひとつ「ミラーダス・ケ・マタン（必殺のまなざし）」の彼らはテレビ・スタジオで歌っているという設定であった。
封切られたのは54年になってからだそうだが「エル・オンブレ・インキエート（騒がせ男）」(a)もそのひとつ。タイトルどおりの芸風をもつコメディアン、ヘルマン・バルデス主演、大喜劇役者というだけでなくメヒコの全演劇人から高く尊敬されているサラ・ガルシーアとホアキン・パルダーベ（「ネグラ・コンセンティーダ」など佳作の作者）助演のドタバタ劇である。巻頭で新聞売りに扮したロス・パンチョス(b)は女性二重唱のラス・カラーラスといっしょに歌う。中盤でバルデスが恋人にセレナーデを捧げるシーンがあり、バックはロス・パンチョス。バルデスともども歌うその曲が、なんと「ロ・ドゥード」！プール・サイドのシーンがある。プールからニンフよろしく湧き出してくる水着の美女たちが踊る。そのなかの二人だけが数秒とは申せ彼女たちだけ ― 二人一組のソロ ― の場面を与えられたいる。ほかならぬラス・ドリイ・シスターズである。当時のハリウッド・ミュージカルには遠く及ばないけれども。
54年、チューチョはフランシスカと正式に離別してカリダーを妻とする。それまでいっしょに暮らしていた女を追い出し新しい女房と同じ家に住むということはできまいから新しい家に移り住んだことだろう。59年第一回来日の時、自分のメヒコ市の住所はCalle Aguascalientes 69 であるとナバーロが語っていたことが当時の雑誌にあったが、これが結ばれて以来の住所なのであろうか。それはメヒコ市民の憩いの場チャプルテペクの森の西方である。
旅から旅に明け暮れするチューチョは、家ではゆっくりと家庭生活につかりこむのを好んだ。
そのひとつが女房の手料理である。カリダーは決して料理じょうずではなかったのだが、彼女のこしらえるものであれば、どんなものでもうまいうまいとたいらげた。時としてチューチョが台所に立ち、好みの一品をこしらえてカリダーにふるまいもした。ブタ肉やたまごを主体にしたシチューなのだが、レストランのメニューやクッキングブックにはおよそ載ることのない、カリダーに言わせれば “ゴッタ煮もどき”。チューチョの名誉のため？言っておくとチュレータ・デ・セルドという料理がこれに近いそうだ。
夫婦仲は円満だった、ある一点を除いては。
家を空けることの多いチューチョは、カリダーにはじっと家に居てきりもり一切をしてくれる女あるじであって欲しかった。単身赴任や長期出張の夫に置き去られ状態の若妻そっくりの境遇に彼女はおかれる。こうなると血が騒ぐ。雀百まで踊り忘れず。亭主の留守の間、彼女はまたぞろステージに立つ。
これは彼女一人の欲望ではないだろう。双子の妹メルセデスに請われてのことと容易に想像がつく。ラス・ドリイの “売り” は二人がそっくり双子であることだ。一人残されてしまったメチェ（メルセデス）は早晩仕事に行きづまる。カリ（カリダー）助けてェ、こうなったはずだ。
それだけではなく、メルセデスは悲劇のヒロインでもあった。ヒルが結婚を申し込み、彼女もすっかりそのつもりでいたのに、彼の方ではただの出まかせでしかなかったのだ。「カリがチューチョと結婚した。メチエ、お前はオレの妻になれ」．．．こんなことだろう。54年のことである。
妻が夫の許しもなくステージに立った、それでもめることがあったにしても幸せな二人であった。そんな或る日＿食事をすませるとチューチョは「ひと眠りする。X時に起こしてくれ」とカリダーに言いおいてベットに入った。いわれたX時にカリダーが行ってみるとチューチョは気持ち良さそうに眠っている。ほんの少しならと彼女はチューチョをそのままにしておいた。ほどなくチューチョは自分で起きあがってきた。すごくたかぶった表情である。時間どおりに起こさなかったので怒っているのだろう彼女がわびを言おうとする前に彼が口をきいた「聞いてくれ、カリダー。俺、おふくろの夢を見たんだ ！」興ふんしきったお面持ちでチューチョは夢に現れた母のことばを話した―チューチョお前はたくさんの女たちのために歌をこしらえてきた・・・・・・・
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