ⅰ ⅱ ⅲ Chucho Navarro_3 index
51年1月20日、
メヒコ市でロス・パンチョスはレコード録音を行う。「ボルベラース」「ミ・ビディータ」「プント・フィナール」「メヒコ」「ペカード」の五曲である。たまたま(．．．．)ではあるけれども、プント・フィナールつまり「終点」が入っているのは暗示的だ。なぜならこの5曲はアビレス第一期ロス・パンチョスの最終吹込、プント・フィナールだったのだから。
この録音のあと彼らはカリベを含む中南米への旅に出発するのだが、そのこともふまえての選曲であったろうか。「ペカード」はアルゼンチン「プント・フィナール」はブラジルの曲（原題ポント・フィナール）である。「メヒコ」もキューバのボレロ、「お国の作曲家が私たちの国のために作ってくれました。ありがとう」とやれば、うけること確実。彼らはすぐ(．．)旅に出発したのだそうで、ⅱページ★に”ラス・ドリイがピエドラス・ネグラスに飛んだのは１月20日以前”としたのは、このためである。しかしすぐ(．．)がどの程度のすぐ(．．)かは分からないから、録音のあとに国内公演をしたのかも知れない。それも旅である。
ふり出しは運河の国パナマ、北上してグアテマラ、東へ方向を転じてカリベ海のキューバ、アビレスの故郷プエルト・リコ、ドミニカ。ふたたび大陸に戻ってベネスエラ、西隣のコロンビア、それがいつごろかは①に次のような記述が見える : 《アビレスのタイプ打ち「エルナンド・アビレスの芸能生活あらまし」に”51年4月4日水曜日に、「エル・エスペクタドール・デ・コロンビア」紙はトリオのボコダ初訪問を記念する祝賀会を開催した”。》
トリオは決して順風満帆ではなかった。亀裂がしょうじていた。ヒルとアビレスの間の不和が表面に現れたのである。性格の不一致だけではなかった。漫才コンビの中には舞台をおりたら口もきかないという二人も多い。それでもうまくやっているのはお互いに相方の価値を知りつくしているからである。彼なしではやっていけない。これである。
裏方に徹しているナバーロはさておき、ヒルもアビレスも”パンチョスのスターは俺だ。俺あってのパンチョスだ”と自負していた。そのような自負は、アーティストであれば誰しもが持つし、それなしには、やっていけない。
が、ややもするとそれが表面に出てしまう。くすぶっていたものが燃え始めたのは、コロンビアからその隣、赤道直下の国エクアドルに移道(．　．)した頃ではなかったろうか。
アビレスはロス・パンチョスからの脱退をはっきりヒルやナバーロに表明した。けれども旅の途中で「俺は止める。あばよ」と掘り出すようなことは、彼にはできなかった。もしもそんなことをしてロス・パンチョスがツアーをつ続けられなくなったら、それはすぐに各方面に伝わるはず、どちらにとっても悪い風評のもとになるだけでしかないからであろうか。
しかもこれから先、51年の間じゅうペルー、ボリビアでの大体のスケジュールも決まっていた。大体の(．．．)、というのは主要な出演場所の契約のことで、あとは現地入りするか、それまでの内にエージェントと交渉して決めるのである。アビレスは妥協案を出した。この年の内は在団するから、その間に代わりのソリスタ（ソロ歌手のことだが、ヒルはトップ・ヴォイスのことをこう呼んでいた）を探せ。彼が入ったら即俺は辞める、と。期間はたっぷりあるはず、と。

エクアドルを代表する貿易港で、人口は首府のキートをしのぐグアジャキル。ここで偶然がいたずらをした。ロス・パンチョスの出演場にラス・ドリイも出ていたのだ。彼女たちも南米ツアー中だったのである。
カリダーに寄せる想いが半端なものではなかったことに改めてチューチョは気がつく。なんとか彼女の気を引こうとモーションをかける。それがちょっかい(．．．．．)ではないのを見てとって、張り合っていたエルナンドも手を引く。もっともカリダーにとって、チューチョは好みのタイプでは決してなかった。冗談ばかり言って人を笑わせてばかりいるのに急にとびっきりロマンティクなことばを口走る、ボクサーみたいな変なデブ男。しかしチューチョの胸は燃える。
それからもロス・パンチョスとラス・ドリイの出演場所は奇妙に一致した。実は奇妙でもなんでもない。いま言ったばかりだがメヒコを発つ前に各地のエージェントと契約は結んであるし、あとは現地入りしてからこれぞと思う社に口をかけるのである。外国人の持っているエージェント情報は限られているから、知らず知らず同じ社と契約しているわけだ。一方エージェントはそれぞれお得意の出向先を持っていて、そこへ出演させるのだから、出演の場所が同じになっても不思議はないのである。芸の内容も違うのだし。
出演の場が同じなのは、チューチョには嬉しいことだった。しかしヒルには不満だった。娘っ子二人といっしょくたにされてはロス・パンチョスの沽券にかかわるってものだ。
けれどもエル・グエロは機を見るに敏。アビレスが辞めると言っている。彼に代わる者を加えても（そうしなくてはならないのだが）うまくゆくだろうか。不評だった時にはあの子たちの色気がカバーしてくれるのではないか。
こうして彼は彼女たちに提案する「南米めぐりの間、いっしょにやろうよ」もっともメチェ（メルセデス）を口説き落とすのも計算に入ってたのかも知れないのだが。いずれにもせよ仕事探しをしないですむものだからラス・ドリイに否はなく、二組はいっしょに旅をすることになった。チューチョにとっては願ったり叶ったりである。
ある晩、おそらくステージがはねたのちだろう、チューチョとアルフレードはお人形チャンたちを息抜きに誘った。この二人が行く所、と言えばバーしかない。男どもは、いつものことなのだが、飲みまくった。女たちは控えていた。ちょっと口をつけるだけだ。ところがカリダーのグラスの酒がちょっと減るとチューチョが滴ぎ足す。たしかにこちらのペースはおかまいなしに「飲めよ、ぐっといけ」と継ぎ足す手合いがいるものだ。この時のチューチョがそれだった。おかげでカリダーのグラスは終始満杯、とうとうカリダーは腹を立てた。息抜きは気まずくおわったのだった。
後悔した、チューチョは、翌日カリダーに心から詫びた。大きな身体をちいさくしている彼にカリダーは以前とは異なった感情が芽生えるのをおぼえた。
「俺には女房がいる。でもいまじゃやもう愛してはいないし、それに今の俺は新しい愛の訪れを感じているんだ」チューチョがカリダーにそんなことを言ったのは、その頃だった。明らかに求愛である。

Historia de un amor :versión de Cyucyo Navarro_ⅳ.
さて、アビレスの後がまである。
ペルーで彼らはラウル・ガルシアという若者をテストした。合格だった。けれども次のボリビア公演が迫っていたので、同地で合流し、本格的な練習をしてデビューという口約束だけがなされた。
しかし彼はボリビアに現れなかった。正式な契約を交わしたわけではないのだから、彼は責められない。練習に入って、ハネられる可能性だってあるのだ。そんな賭けに挑むには、彼は若すぎた。大学在学中だったのだ。・・・・・
Back